ツウは河川敷に遺棄されてからというもの、様々な人との出会いの中で何とか生きながらえてこれた猫である。多摩川に捨てられる猫はその殆どが飢えと衰弱で苦しみながら死んでいく。その中のほんの一握りの猫だけが心ある人の手によって命を繋げる可能性が生れてくる。ツウは臨機応変にある時は河川敷の公園に、またある時は雑木林の中にと微妙に場所の移動を繰り返しながら生きてきた。最も多いパターンとしては200mほど離れた公園とホームレスさんの小屋を往復していたのである。公園にはモモ(♀)など5匹の仲間の猫が居て、一方の小屋にはリリー(♀)・チャーミー(♀)などの4匹の猫が居た。推定年齢10歳と言われていたツウは多摩川の厳しい環境下の中で体に様々な負担が積み重なっていたようだ。内臓への負担、口内炎、他の症状も見受けられたが、とりわけ食欲だけは並みの猫の2倍はあった。性格は穏やかで、誰に対しても迷惑をかけることなく、ひっそりと生きてきた猫です。

 そんな人恋しいツウに事件が起きた。09年8月17日、私がツウに会うために公園に足を運んだ日の事でした。ツウの姿を見た瞬間、直前に何かが起こったことを察したのです。しきりに舌舐ずりをしている口元からは鮮血がブクブクと流れ出ておりました。ツウに好物のミルクを与えた後、少し時間を置いてからそっ口を開けて見たのです。口の中では左下の犬歯が根元から折れています。外傷は左アゴに約3cmの裂傷もありました。「外部からの強い衝撃で左犬歯が折れると同時に左アゴににも傷を負った。」と推測できたのです。右犬歯も折れていましたが、今回折れたのかどうかは不明です。いずれにせよ、ツウの口は下方向からの強烈な打撃により鮮血が出ていたもので、相手は犬や猫ではなく人間の手によるものだと判断できました。 この件を周辺で猫ボランティアをしている複数の方から聞き込みをしたところ、「以前よりこの辺りに怪しい男性がいる。」との事でしたが、その特徴などを伺っているうちに私が公園に着いた時、入れ違いで自転車を押して去って行った年配の男性と同一人物だという事が分かったのです。その男は何ヶ所もの猫の居る場所を回ってはその中で気に入った猫を見つけると一握りのドライフード(5〜6粒)を与えるのだそうです。そして、他の猫が近寄ると思い切り蹴飛ばすのだという事でした。また、ある時は小学生から「あの、おじちゃんが猫を蹴飛ばしてたよ。」という目撃証言もあったようです。 そんな訳でホームレスの方を含めた4人に声をかけ、現場を目視すべく監視を続ける事にし「虐待防止&通報願い」のポスターを貼って警戒することにしたのです。男はほぼ毎日午後2時頃に自転車で公園に姿を見せました。5〜6粒のドライフードも確かに私の目で確認できました。現場は私の家から10kmほどの距離の河川敷ですが、事あるごとに通って監視をしたのです。幸いにもあちこちに貼ってあるポスターが功をそうしたのか、男はそのうちに来なくなったのです。

 そして、ツウの傷口は薬の投与により回復しましたが、折られた犬歯は元には戻りません。その後は平穏な日々が続き、ツウの周辺の猫もつつましく生き抜いていました。やがて、09年も師走を迎え、寒さも一段と厳しくなった頃の事です。ツウの姿が突然見えなくなりました。実は早朝の公園でゲートボールをしている老人が猫の死体を見つけたらしく、亡骸を公園の隅に埋めた・・という風の噂が耳に入ってきたのです。しかし、その老人達と猫ボランティアの方や他の関係者とは行動する時間帯が異なっているのではっきりと確認することは困難でした。でも、該当する猫が他にいないこともあり、ツウが死んでしまったことは間違いのないことのようです。(09年12月5日頃)

 



 台風9号を機に私は多摩川の河川敷に暮らすホームレスを取材してみたくなりました。 この世から突然姿を消してしまった人たち。まるで、彼等の人生など初めからどこにも 無かったかのようです。でも、そんなのって何か不思議です。うまく言葉にできない違 和感を抱いていました。やがて河川敷で暮らす人たちとの付きあいが長い小西さんを知 り、去年の秋から冬にかけての4ヶ月余り、一緒に多摩川を歩いてみることにしたので す。 ( ETV特集ディレクター 大森 淳朗 )

 多摩川の天気の良い日はラグビーや野球などのスポーツ、楽器や歌の練習、釣り、バ ーベキュー、犬の散歩やジョギングと様々な人が集い活気に満ちている。しかし、河川 敷にはそんな人たちが足を踏み入れることのない、もう一つの別の世界があります。そ こは「川の怖さ、人の優しさ、猫や犬の切なさ」がぎゅっと詰まった場所でもあります。 そんなところを観せ、現代社会に幾多の問題を投げかけるドキュメントなのではないで しょうか。( 小西 修 )
                          2009. 3. 1 放映




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